井上わたるの和光ブログ
和光市選出の埼玉県議会議員。埼玉県政や和光市のことをわかりやすく伝えます。
2026.09.16
条例(案)を提案するとなると、その事前情報や委員会審査結果などが報道されます。
但し、たまに条例の規定を正しく理解されずに報じられることもあります。
その一例が、「エスカレーター条例」の報道です。
見出しを見ると「埼玉でエスカレーター条例成立へ 歩かず利用、努力義務に(2021/3/8 )」と書かれています。
でも、条例趣旨は「努力義務」ではなく「義務」です。
条例は県民生活に直結します。
例えば、いわゆる「留守番禁止条例」の審議にあたっては、報道によって条例の内容を県民が知ることが出来ました。
是非今後も、条例を巡る報道は、是非、誤解がなく、客観的な報道を期待したいと思います。
2026.09.16
シリーズ②の投稿でも触れましたが、
「自民党議員団が条例を頻繁に提案するのは、条例に『財政上の措置』という文言を入れて政策を強力に進めようとしているためでは?」
というなかなか鋭いお声を耳にします。
そこで、この件も先述の「拉致問題条例」の審査の際に、調査を行いました。
調査した事例のひとつは「主要農作物種子に関連する事業の予算額推移」です。(写真参照)
この場合は、財政上の措置=増額というような方程式にはなっておりません。
一方で「性の多様性尊重に係る事業の予算額推移」を見ると、条例制定後に予算が大きく伸びています。
やはり「財政上の措置」の文言は効果があると言えそうです。
予算提案権は議会にはありません。
しかし、条例提案権は県議会では8名以上いれば可能です。
そして過半数を超える会派であれば絶対に条例可決出来ます。
だからこそ条例の多数制定、そして「財政上の措置」を盛り込むことに注力しているのでしょう。
必ずしも「盛り込む=予算増額」とは限りませんが、それでも、あらゆる条例制定は県民に説明可能で、且つ丁寧な作業であるべき、と考えています。
2026.09.16
自民党議員団が提案する条例案には
・「県民の責務」となる場合 と
・「県民の役割」
と表記する二つのパターンがあります。
この点についても質疑したことがあります。
その際の答弁は
A、本条例では「役割」にした。これは努力義務とはしているものの、色々な立場の方もいる。最終的に拉致問題を風化しない、且つ、解決に向けて県民の努力義務であるので「役割」という表現にした。」
・・・よく分からない説明だったのですが、時間がなくこれ以上は追及は出来ませんでした。
ただ、私が言いたいことは
努力義務規定=役割
義務規定=責務
のように運用している、のかな?ということです。
すると、私はやはり「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」で「立ち止まることを義務」としたことには今でも反対なんです。
立ち止まるほうがよい、という点については
私も同意ですし、むしろそのことを推進してきた経緯もあります。
ただ、「条例になんと謳うか?」は別問題です。
「義務」とすれば、それを守らない場合は「条例違反」となります。
条例制定前はもちろん、施行後も朝の通勤・通学時を見れば、まだまだ立ち止まらず、歩行している人が居ます。
この条例は、毎日何万人という「条例違反者」、何万ケースという「条例違反状態」を生んでいます。
他の条例での「条例違反」が社会的に多大な迷惑を掛ける行為である場合がある一方で、エスカレーター条例では多くの県民が「条例違反者」になっています。
罰則の有無に関わらず、「条例を破っている」という状態を安易に作るべきではない、と考えております。
そのため当時、我が会派は「せめて努力義務にすべき」と修正案を提出しましたが、自民党議員団他では「義務でよし」となり否決されました。
私たちは「それであれば賛成しかねる」と考え、この条例には反対したのでした。
「役割」、「義務」、「責務」・・・
今後も、言葉一つ一つにこだわって議論を行うべきと考えています。
2026.09.16
~『県は財政上の措置を講ずるよう努めるものとする』は予算を引き出す魔法の言葉か~】
県議会の諸井議員(羽生市選出)が次のようにSNSに発信したことがあります。
=====
議員提案条例の中に必ず
『県は財政上の措置を講ずるよう努めるものとする』 との条文を入れ、それを理由に予算をつけさせることが常態化。
条例が利権を生む。
=====
この発信のとおり、連発された条例の多くには
『県は財政上の措置を講ずるよう努めるものとする』
という文言が盛り込まれています。
先ほどの、【その①】で紹介した「埼玉県拉致問題等の早期解決に向けた施策の推進に関する条例」の審査の際に
☆自民党議員団の議員提案条例における「財政上の措置」の文言の有無
を調査したことがあります。
その調査結果が、こちらの画像の一覧です。(3枚あります。)
結論から言うと、「入れる or 入れない」は両パターンあって、どんな場合に入れるかは不明です。
なお、拉致問題条例の質疑の際に、「入れる入れないの判断基準」を自民党議員団に問うたことがあります。
Q、提案者は条例によっては、この財政上の措置の文言が入る場合と入らない場合がある。どのような基準でこの財政上の措置の文言を入れているのか。
その回答は
A、「ほかの条例と見比べたということはないが、条例を制定する上で、啓発活動や展示というのは、人的にもお金的にも かなり労力がかかる。県がこうした活動を支えていく上で財政上の措置を極めて重要だというふうに考えて、入れた。」
というものでした。
私たち審査する側が、過去の条例と比較することまで行なっているのに対して、条例を多発する側は「見比べたことがない」との答弁でした。
だから「財政上の措置の有無」だけでなく、他の条項でも一貫性がない状況が生まれています。
続く「その③」ではその話をしたいと思います。
2026.09.16
埼玉県議会は、一時期、自民党議員団が毎年数本の議員提出議案に拘っていた時期があり、全都道府県議会で最も多い、議員提案条例数となっています。
(例の「留守番禁止条例」以降は沈静化しています。)
その審査のウラで、「こんなこともありました」というエピソードを、今回から、まずは5回に分けて投稿したいと思います。
「埼玉県 拉致問題等の早期解決に向けた施策の推進に関する条例」
令和6年12月定例会。
拉致問題啓発週間の最中に審査された条例です。
条文で「県民の役割」に理解を深めるよう求める一方で、注目は自民党議員の胸元です。
条例提案者に名前を連ねているにも関わらず、本会議だけでなく条例審査を行う「福祉保健医療委員会」においても、ブルーリボンを着用してない自民党議員が複数いました。
条例が次々と提案される中、ひとつ一つ丁寧に向き合う姿勢が薄れているのではないか…と勘繰ってしまう事案でした。
委員会でも提出者の姿勢を問う意味で
Q、「県民に理解を求める」立場として、今の状況(啓発週間にもかかわらず、条例提案者なのにブルーリボンを付けていない状況)をどう考えるか?
と質疑しました。
提案者代表の答弁は
A、「我々がなぜ付けていないのか、これは私が答えることではないという ふうに理解しているが、これは、我々全員が付けるべきだというふうに考えている。」
とのことでした。
私には「条例は重いもの」だという認識があります。
だから、条例提案者として、県民に「役割」(※この場合は、拉致問題等に関する理解を深める)を求めるなら
・自分たちから率先して行動する
・自分たちの組織内で着用してない者が居れば促す
といった自らのしっかり省みてから条例提案する謙虚さが必要だと考えています。
(参考)
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