井上わたるの和光ブログ

和光市選出の埼玉県議会議員。埼玉県政や和光市のことをわかりやすく伝えます。

2013.08.12
こんにちは。

先日のブログではインターンのことをお話しましたが、
「体験」だけでなく、「出会い」も多く経験させてあげられたら、と思っています。

そういう意味では、私が彼ら学生にも、いつか出会う機会があればな、と
思ったのが、会派「刷新の会」の視察で訪れた際にお会いした

飯館村(いいだてむら) の 菅野 典雄 (かんの のりお)村長 です。



事前に、読売新聞で特集されていた
「時代の証言者」というコーナー等で村長の取組は知っていました。


飯館村は



「までい」という言葉 (丁寧に、大切に、心を込めて・・・という意味)を
キーワードに、スローライフを実現するまちづくりを進めてきていました。


そのまちづくりが、東日本大震災の福島第一原発事故によって
一変します。


菅野村長の話は心に響きました。


例えば、

「放射能による災害には特徴がある。

・長い長い時間が掛かる
・マイナスからゼロに向かう戦いである。
・地域で結束出来ず、バラバラになる。  

ということだ。」 
という話でした。


離婚が増えている・・・という実態や
賠償額の差によって心の分断が起こってしまう悲しい実態を
聞きました。


酪農が中心の飯館村ならではの対応があったことも
関心深い話でした。

財産である家畜を置いて避難は出来ない、という村民が多く、
他の村より残村率は高かった 
そうです。

一方で、酪農家ならではの多世代同居世帯が多かったが
避難生活で、世帯が分断された、
ということが起きたそうです。


村長は、最近の国政や国民の傾向についても
触れました。

選挙で勝ったから、
経済さえ良くなればいい、という雰囲気には
被災地としてはどうしても違和感を感じる。

国民も含め、バブルの再現に浮くような
極論に酔うことのないように願っている。


と政治に携わる者として、
そしてひとりの国民として釘を刺された気がします。


一方だけを見るのではなく、幅の広い政治家であってくれ と
私たちに語ってくれました。


私たちが訪れた前日には、
天皇皇后両陛下がいらっしゃっていました。

その時、村長は両陛下に

「20年後、30年後に、今の飯館があるのは
当時の(=※つまり現在の)飯館の人たちが頑張ってくれたおかげですね」 と言われたい


と、語ったそうです。


今後も、「村民一人ひとりの復興を目指し」ている
飯館村の取組、菅野村長の政治姿勢を参考にしていきたいと思います。






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